天国の階段

「三文小説」T-56
3つの文で綴る、さんぶん小説

天国の階段

 最愛の彼女を交通事故で失って、5年が経とうとしているが、それでも今にも目の前に彼女が現れそうな気がしてならず、不可能と知りつつも、ひょっとして、また彼女に会えるかも知れないという、儚い期待を胸に秘めながら、僕は今日のような満月の夜に、天国まで延びる階段が出現したという伝説が残る、南太平洋のM島の海岸を一人ぼんやりと歩いていた。

 そして、遠浅の海岸に寝そべって、月光に照らされながら寄せては返す穏やかな波を見ていると、おや?待てよ、
ある波は寄せるだけで引かないぞ、しかも寄せた波は、すぐに白い塩の塊と化し、よく見るとそれは高さ15センチ位のステップで、
その後、次々と押し寄せる波も同様に、下から前のステップを押し上げるようにして、見る見る塩の階段が出来上がっていった。

 海岸から上向く前方に、その先端が遠ざかるように、階段はどんどん空まで伸びて、僕は何かに引っ張られるように、その階段を上って行き、振り返った時は、とっくに島の影は無くなっていて、雲も下に見え始め、すると、ふと前方に月光に照らされた人の影、それが彼女だと分かるのは容易で、瞳を探り合えるまで近付いた僕達は、何も言わずに、ただただキスをして、抱き締め合い
「もう二度と君を離すものか」
と心に誓ったのも束の間、昇って来た太陽が月の光を追いやり、
と、その瞬間、塩の階段は砂の城のように崩れ落ち、僕と彼女はしっかりと抱き合ったまま、遥か下の海まで落ちて行った、この時の幸せは、とても言葉に出来ない。